2006年07月28日

束芋 -TABAIMO-

トップランナー見た!

めちゃめちゃかっこいい!!
最後に本上さんが言ってたけど、私も同世代として「かっこいいなー」って思う。
なんかとっても嬉しかったのは作家の存在をとても身近に感じられたこと。
大きな展覧会で大掛かりな作品で、それだけを見ているとなんかちょっと遠い存在に感じてしまっていたりもしたのだけど、番組を見てそれが一気に取り払われた。

ドリフを見て育ったこと、普通に受験や進路に悩んできたこと。
同じ時代に生まれて、同じものを見て育ち、同じ社会で生活をしてるんだなぁって。同じ時代を生きている作家から今まさに生み出されている作品なんだよなぁって。それがとても嬉しくて、共感できて、親近感がわいてきた。これがまさにコンテンポラリーアートの楽しさ、なんだと思う。

気取らず飾らず、変な気負いもなく、とても自然体で楽しくやっている感じが爽やかでステキ!
自分にできること、できないこと、それをきちんと知っているからこそできること。特別な何かが必要なのではなく、ありのままの自分を活かすこと。
なんか分からないけど、ちょっと勇気がわいてくるトークだった!
posted by sayaka at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

村上隆 -Takashi MURAKAMI-

話題の「芸術起業論」(村上隆著・幻冬舎)を読んだ。

いいこと書いているなぁと思ったところは、昨日の記事の抜粋したあたりなど。

内容は勉強になるし面白いのだけど・・・。

うーん。どうなんだろう・・・。
批判するつもりは毛頭ないし、自分の文章力を棚にあげて言うつもりもないのだけど・・・。はっきり言ってしまうと、とても読みにくい本だった。最初はインタビューか何か村上氏が喋っているのをそのまま本にしたのかと思った。最後の方に4年かかって書き上げたと書いてあるので実際に本人が書いているのだろうけど、使っている言葉に一貫性がないし、論旨は繰り返しで矛盾しているところも多いし、何しろ段落だとか日本語の文章として基本的におかしいところがいっぱいで。幻冬舎さんは校正とか一切しなかったのだろうか?作品は言葉でアピールするしかない、きちんと伝える努力をしなければいけない、と言うならば海外に向けてだけでなくて、「国語」にもっと気を使うべきなんじゃないかと思わず突っ込みを入れたくなった。

・・・と、まぁ、いろいろ言うのは簡単なので、この辺でやめておく。言いたいのはそんなことではなくて。笑

読んでてなんだかちょっと辛くなるのは、随所に著者の怒りと不安が読み取れるからだろうと思う。きっと今までというか今も、なのかもしれないけれど、よっぽどバッシングや批判や認められないことやどうにもならないことが多くて、その中でひたすら独りで闘ってきたんだろうなぁと想像する。全てを正当化して語ることで自分自身を納得させているような、そんな感じも受ける。そして、やっと自分の納得できる立場を得て、今まで自分を批判し認めてこなかった、見向きもしなかった人たちへ向けて、日本の美術界へ向けて、「どーだ!!」と叫んでいるのだろう、と。

でも、いろいろ賛否両論あるとは思うけれど、村上氏がこの十数年間にしかけてきたこと、日本のアニメ・キャラクター文化を世界の美術の文脈にのせて、日本の美術市場に新しいビジネスモデルを構築した、その功績はとても大きい。

個人的な村上体験だと、オッパイの大きい美少女フィギュアを見てもなんとも思わないし、六本木ヒルズにあるキャラクターを見てもふーんという感じ。でも先日、NC Art Galleryのバックヤードに「Jellyfish Eyes-MAX&shimon in the Strange Forest」があって、作品として初めていいなと思った。

というわけで、作品そのものはあまり好きではない。けれど、私は村上氏の革命的な活動が好きだ。現状がだめなら変えてやろう、という姿勢。誰もやらないなら自分がやってやる、という姿勢。そこに大きく共感する。

村上氏にとっては今のスタイルは自分が作家として生きていく上で絶対に必要で確立しなければいけないものだったのだろうと思う。村上氏の活動(声)は日本の美術界に対する作家たちの一揆を呼び起こすもので、閉鎖的な日本の美術市場に大きな風穴を開けるものだと思う。

私自身もこの閉鎖的で自己満足的な業界のスキームに変革を起こしたいと思っている。村上氏が制作側に変革を起こすなら、私は見る(消費)側に変革を起こしたい。そう考える上で、一つ村上氏に共感できないことがあるとするならば、私は日本の市場を諦めない、ということだ。もちろん、村上氏も諦めているわけではなくて、海外からの逆輸入という方法でやっているわけだけれど、欧米スタイルを持ち込むのではなく日本の市場で新しい流通のスタイルを生みださなければ、長くは続かないのではないかと私は思うのだ。

・・・とここで本格的に書き出すと止まらなくなりそうなので、今日はこの辺で。笑
posted by sayaka at 13:50| Comment(4) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

小さなアーティスト

隠しているわけでもないけれど(笑)、実は”虫”が結構好きだ。・・・と言っても、蛾とゴキブリだけはどうにもこうにも好きになれないけれど・・・。家族に虫好きが多くて、家の中に虫がたくさんいるので(飼ってるんだよ!)、好きにならざるを得ない、というのが正しい表現かもしれない。

虫は小さなアーティスト。
今日はそんな小さなアーティストを紹介しようと思う。

まずは、クロオオアリ(写真左)くん。これは会社を辞めるときにもらったANTQUARIUM。アリの巣作りと生活が丸見えのこのANTQUARIUM、このちっちゃいアリんこ達の頭のどこにこんな素晴らしく複雑な巣を作るプログラムが入っているのだろう?と、それを見ているだけでもかなり楽しめる一品。ちょうどこのANTQUARIUMでクロオオアリを飼っていた頃(半年経ってさすがに今は全滅しました・・・)、直島のベネッセハウスに行って、柳幸典の作品(多分「ワン・ダラー」という作品)を見たときは、「おぉ!これもアートなのか!!」と少し驚いたのを覚えている。そして、原美術館のミュージアムショップにこのANTQUARIUMが売っているのを見て、思わず笑い、アリはアーティストなんだなぁとつくづく思ったのだった。

続いては、コイチャコガネくん。素晴らしいです。どうですか、この食べっぷり(写真右)。クリの葉です。葉脈だけをきれいに残して食べているんだよっ!どんなすごい切り絵職人も顔負けの一品だと思う。見る人が見ればその食べ跡だけでどの虫か分かるらしいから、食べ方もオリジナリティがあるというわけで。スゴイでしょ。

antquarium.jpgkuri.jpg

もちろん虫はとっても鮮やかな色や不思議な形をした、その存在だけでアートなものがいっぱいいるわけだけど、今日はアーティストとしての虫、の紹介でした(笑)。
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

TAKORASU

最近、展覧会の記事が激減していますが・・・。

今日、本屋で「おおおおおおおおっ!!!」と思わず前のめりになった本。

「Oracleはこう動いている。」(アルファポリス、榎本茂男著)

takorasu

まぁ、Oracleってところにも驚きがなかったわけではありませんが(笑)、装丁が、装丁がっ!
TAKORASU氏のメカ!(参照:GEISAI#8の記事)
ちょっとサーバっぽくて、DBっぽくて、ブロックっぽくて。データベースアーキテクチャな内容なんだろうなって感じで、とてもよい!こういう技術本の装丁ってほんとに味気ないものが多いから、異色で目立つし、とってもステキ。

なんかちょっといいもの見つけた感じで、周りの人に「ちょっと見てよ、これ」って言いたい感じでした。コンピュータ書籍コーナーで一人で大盛り上がりの私・・・。いろんな意味でオタク化してる自分が怖い・・・(笑。
posted by sayaka at 00:00| Comment(6) | TrackBack(1) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

Paul Klee

今月の芸術新潮(12月号)、私の大好きなクレー特集。「パウル・クレーの静かな闘い」。
今年オープンした、ベルンにあるパウル・クレー・センターの記事が書いてある。とっても行きたいです。
・・・と思って、センターのページを見ていたら、素晴らしいものを発見。
Paul Klee Database
ステキです。Collection以外のものまで見れたらもっとステキだけど・・・。

この美術館に行くためだけにベルンに行きたいって思う。ベルンに行くからここに行こう、ではなく、ここに行きたいからベルン行こう、ということ。そんな風に思うような美術館、日本にあるだろうか。今やってる北斎展の行列を見ていて思った。日本は、今こそ頑張って世界中に散らばった北斎の画を買い戻して、北斎美術館を作ったらどうか、と。もし実現したら、きっと、世界中の人が北斎美術館に行きたいから日本に行こう、って思うよね。そう思いません?


posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

杉本博司 -Hiroshi SUGIMOTO-

結局買ってしまった。「BRUTUS」(2005年9月15日号)

brutus.jpg

店頭にはもう並んでなかったので、バックナンバー常設店に行ってゲットしましたよ。

初めは9/17からの森美術館の企画展の集客を兼ねた、十数ページのただの特集記事かなと思ってたのだけど、見たらほぼ一冊というか100ページ近く "Who is Hiroshi Sugimoto?" の記事。とても読み応えがあり、中には印刷用紙まで変えて作品解説集がついてたりして、企画展の図録を買うより安くていいな、と思って購入した。

それにしても雑誌はすごい宣伝力だな、と。もちろん森美術館とタイアップしているのは明らかだけど、かなり思い切りのいい大胆なやり方だなぁと感心する。「Theaters」の写真と”杉本博司を知っていますか?”のキャッチコピーで、どれだけの人が杉本博司というアーティストを知ったのだろう。知らない人は、”知っておかないとまずいかな。”とか”知りたいな。”と思って企画展に足を運ぶことだろう。素晴らしい集客力。しかし、こうやって現代アートが盛り上がってくれるのは本当に喜ばしいことだと思う。

企画展、楽しみだな・・・。
Artistカテゴリなのに、雑誌の話しか書いてないな。
ま、BRUTUSを読みましょうってことで(笑。
posted by sayaka at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月20日

李禹煥 -Lee U-fan-

今日の日本経済新聞の”アート探究”に『李禹煥「余白の芸術」』の記事。

私が李禹煥氏の作品に初めて出会ったのは、2004年9月、東京国立近代美術館でやっていた”RIMPA展”だった。現代美術におけるRIMPAの世界として、”きらめき・型・反復”というコーナーで東京国立近代美術館所蔵の「線より」が展示されていた。琳派の黄金のきらびやかな作品群の中で、描かれているただひたすらシンプルな線がものすごい衝撃的で、忘れられない出会いとなった。それまで、金銀のきらびやかで派手な画が琳派と思っていた私は、”こんどの「琳派」はちがう”とうたったこの企画展の示すところの琳派の普遍性・世界性を、この、ただひたすらシンプルな線を描いた「線より」を見て、そういうことか!、と妙に納得したのを覚えている。以降、李禹煥氏の作品は見ればすぐに分かるし、大好きになった。家に広ーい壁がもしあったら、一枚飾りたいなぁと思う。先日アートフェア東京で見た作品は、小さなサイズの画だったけれど、とても大きな画に見えた。だから、小さいサイズでもいい。欲しいなぁ。

今日の新聞の記事を読んで驚いたのは、「照応」シリーズで描かれている”点”が重ね塗りだったということ。一筆書きの”一回性”が作品の中で持つ意味(作為)を徹底的にそぎ落とした表現。絵の具と時間が積み重なった”点”。でも、そう言われれば、そうだな、と。なぜなら、李禹煥氏の作品を前にすると、”時間”を感じるからだ。それは、一瞬とか刹那的な激しいものではなくて、もっとゆったりとした静寂で研ぎ澄まされた時の流れ。きっと、だから、好きなんだと思う。だから、ずっと見ていても飽きることがないのだと思う。だから、家に欲しいなって思うのだと思う・・・。ま、でも家にはそんな広い壁はないので叶わぬ望みですね、はい。
posted by sayaka at 00:00| Comment(2) | TrackBack(1) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

池田龍雄 -Tatsuo IKEDA-

銀座のギャラリー58で開かれた、「池田龍雄と、語る夕べ。−現代美術の今とむかし−」に参加してきた。これは、池田龍雄氏が戦後から今日にいたる日本現代美術をギャラリーで語るシリーズで、本日が第2回目。テーマは「現代美術成立のころ」。

池田氏の生きてきた時代の美術論、美術史について、芸術と社会の関係について、等々いろんなお話を池田氏ご本人から聞くことが出来て、とても嬉しかったし、大変勉強になった。

今日、話を聞いていて印象に残ったこと、感じたことをいくつか。

アートの歴史は、まさに人間の歴史であり、社会の変革、哲学との関係なしには語れないものであるということを改めて感じた。池田氏が生きてきた近代から現代におけるリアリズムの変化について、自然主義から実存主義、唯物論についてもっと知りたいし、詳しく勉強しなければと思った。

作り手と受け手、そして美術批評家というこの三者についてのお話も大変興味深かった。美術批評は感想的なものから理論的な分析のものまであるわけだが、どれにしても”言葉にならない画を言葉にしようとする行為”であると池田氏は言う。そもそも作家は言葉で表現出来ないものを画にしているわけで、画は言葉で翻訳することは出来ない、と。しかし、作品は客体であるから、受け手は好きなように見ればよく、たとえ作り手の意図に反して誤解されたとしても、それは仕方のないことだ、と。これを聞いて、私はとても嬉しかった。作品への感じ方は自由であるべきだし、決して作家や批評家に”こう感じるべき”と強制されるものではない。
自分が書いてるこのブログもただの感想文ではあるが、ものすごく主観的な”批評”なのだ。作り手と受け手の架け橋として、アートがより身近に、そして自由(オープン)なものになるよう、自分の活動も心がけていかなければと思った。

全体を通して、当たり前のことではあるが、やはり作品は作家ありきであり、作家そして作家の哲学を知れば作品の見方も大きく変わってくる。作家の考え方、思い、語りを遺していくことが作品を理解する上でも大切なことであり、それをきちんと形として記録として遺していこう、ということでこのトークショーを企画されたギャラリー58の活動に心から共感し、支持していきたいと強く思った。
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。