2006年07月14日

村上隆 -Takashi MURAKAMI-

話題の「芸術起業論」(村上隆著・幻冬舎)を読んだ。

いいこと書いているなぁと思ったところは、昨日の記事の抜粋したあたりなど。

内容は勉強になるし面白いのだけど・・・。

うーん。どうなんだろう・・・。
批判するつもりは毛頭ないし、自分の文章力を棚にあげて言うつもりもないのだけど・・・。はっきり言ってしまうと、とても読みにくい本だった。最初はインタビューか何か村上氏が喋っているのをそのまま本にしたのかと思った。最後の方に4年かかって書き上げたと書いてあるので実際に本人が書いているのだろうけど、使っている言葉に一貫性がないし、論旨は繰り返しで矛盾しているところも多いし、何しろ段落だとか日本語の文章として基本的におかしいところがいっぱいで。幻冬舎さんは校正とか一切しなかったのだろうか?作品は言葉でアピールするしかない、きちんと伝える努力をしなければいけない、と言うならば海外に向けてだけでなくて、「国語」にもっと気を使うべきなんじゃないかと思わず突っ込みを入れたくなった。

・・・と、まぁ、いろいろ言うのは簡単なので、この辺でやめておく。言いたいのはそんなことではなくて。笑

読んでてなんだかちょっと辛くなるのは、随所に著者の怒りと不安が読み取れるからだろうと思う。きっと今までというか今も、なのかもしれないけれど、よっぽどバッシングや批判や認められないことやどうにもならないことが多くて、その中でひたすら独りで闘ってきたんだろうなぁと想像する。全てを正当化して語ることで自分自身を納得させているような、そんな感じも受ける。そして、やっと自分の納得できる立場を得て、今まで自分を批判し認めてこなかった、見向きもしなかった人たちへ向けて、日本の美術界へ向けて、「どーだ!!」と叫んでいるのだろう、と。

でも、いろいろ賛否両論あるとは思うけれど、村上氏がこの十数年間にしかけてきたこと、日本のアニメ・キャラクター文化を世界の美術の文脈にのせて、日本の美術市場に新しいビジネスモデルを構築した、その功績はとても大きい。

個人的な村上体験だと、オッパイの大きい美少女フィギュアを見てもなんとも思わないし、六本木ヒルズにあるキャラクターを見てもふーんという感じ。でも先日、NC Art Galleryのバックヤードに「Jellyfish Eyes-MAX&shimon in the Strange Forest」があって、作品として初めていいなと思った。

というわけで、作品そのものはあまり好きではない。けれど、私は村上氏の革命的な活動が好きだ。現状がだめなら変えてやろう、という姿勢。誰もやらないなら自分がやってやる、という姿勢。そこに大きく共感する。

村上氏にとっては今のスタイルは自分が作家として生きていく上で絶対に必要で確立しなければいけないものだったのだろうと思う。村上氏の活動(声)は日本の美術界に対する作家たちの一揆を呼び起こすもので、閉鎖的な日本の美術市場に大きな風穴を開けるものだと思う。

私自身もこの閉鎖的で自己満足的な業界のスキームに変革を起こしたいと思っている。村上氏が制作側に変革を起こすなら、私は見る(消費)側に変革を起こしたい。そう考える上で、一つ村上氏に共感できないことがあるとするならば、私は日本の市場を諦めない、ということだ。もちろん、村上氏も諦めているわけではなくて、海外からの逆輸入という方法でやっているわけだけれど、欧米スタイルを持ち込むのではなく日本の市場で新しい流通のスタイルを生みださなければ、長くは続かないのではないかと私は思うのだ。

・・・とここで本格的に書き出すと止まらなくなりそうなので、今日はこの辺で。笑
posted by sayaka at 13:50| Comment(4) | TrackBack(0) | Artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは、
sayakaさんの分析的な感想、
興味深く読みました。

なんだろね、アートを売ることって・・・・。

ちょっと乱暴に言ってしまえば、
アートにおける消費の拡大というと、

 あなたは50万円持ってますね、
 車を買う頭金にしますか、
 海外旅行? じゃなきゃPCやブランド品?

 それよりアートの作品を買いませんか???

という話かも知れない。

日本ではこれまでさ、
アートは美術館やギャラリーで見るものであり、
自分で所有するものではない、
というのが多くの人のスタンスだった気がします。
今後もこれは大きく変わることはないと思う。
ただし、凝った家具等のインテリア嗜好が高まってきてるから、
その方向性で部屋にアートも、という流れの可能性はありそう。

もっとも、
アートにおける市場って作品を買う人だけでなく、

作品を見たい人、自分の作品を見せたい人、
教わりたい人、いずれ教えたい人、
モデルさんのデッサンをしたい人、
絵の道具を買う人、
情報を発信したい人、情報が欲しい人、

そのすべてが何らかのお客さん(消費者)に成り得る。
まだまだ他にもあるかも知れない・・・・。
.
Posted by yuhki at 2006年07月17日 22:24
yuhkiさん、いつもありがとうございます。

>アートは美術館やギャラリーで見るものであり、
>自分で所有するものではない

そうですね。これはアート作品がパブリックな性質を含んでいるということも原因の一つかなと思います。

>そのすべてが何らかのお客さん(消費者)に成り得る。

そう思います。市場拡大のキーはそこにあるんじゃないかと。日本には市場がないのではなくて、潜在的な市場はむしろ大きいのではないか、と。
Posted by sayaka at 2006年07月18日 01:49
>欧米スタイルを持ち込むのではなく
>日本の市場で新しい流通のスタイルを
>生みださなければ、
>長くは続かないのではないかと私は思うのだ。

sayakaさん、これ同感!!!

NYではこうだから、外国ではどうだから、
という論調の人たまにいるけど、
そのまま持ち込んでも意味無しと思う。
単純すぎる気がします。

いい物はうまく取り込めばいいし、
日本人はほら昔から、折衷が大得意!

そんななかからsayakaさんの言うような、
日本の新しい流通システムが生まれてくるといいなあ。

日本の、いい部分はうまく使うとよい。
たとえば貸しギャラリーなんて、日本独自のシステムだしね。
あれ外国には基本的に、無いでしょ。
ギャラリーで個展やるには、
ますそのギャラリーの契約作家になることが必要みたい、海外では。
貸しギャラリー、メリットもデメリットもあるけど、
あれ面白いシステムだと思うー。
.
Posted by yuhki at 2006年07月20日 23:10
そうなんです。でもきっと日本独自のシステムが根付くためにはそれなりの時間を要するのでしょうね。

有名な作家も多くは貸し画廊からスタートするわけで、必要だったから、需要があるから、今もこれだけの貸し画廊が存在しているわけで。

全てのプレイヤーがWin-Winになる構造を考えないといけないですよね。
Posted by sayaka at 2006年07月22日 02:04
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。