2005年09月30日

東京コンペ#2

pizzさんから”お早めに!”って言われていたのに・・・。やってしまった・・・。
丸ビルだし、夜8時までやってるだろうと、夕方行ったら、7階のホールが既に閉まっていて・・・。(T_T) 悲しすぎるー。仕方なく、ウォールギャラリーとマルキューブだけ見てきましたぁ。しょんぼり。

気になった作家さん。
・坂本友介「焼き魚の唄」:昨年のアーバンミュージアム大賞作品。アジが、アジが・・・。
・本濃研太「晴耕雨耕」(写真):ダンボールで出来ているー!なんかあたたかい感じ。
・清水裕貴「a culture medium」:覗いているような写真。
・若山麻子「ココロノ風景」:タイトルからはちょっと想像し難い感じの作品。この刺されるような痛みはなんだろう・・・。
・山中たろう「mountain,mountain」:この作品の他にもいろいろ見てみたいな、と。

marubiru.jpg

受賞作品の多くは7階のホールにあったんだよねぇ・・・。ザンネン。

〜東京 丸ビル〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジャン・プルーヴェ展/スモール&ビューティフル展

昨日、行ってきた。
今年の3月に廃校になった旧練成中学校の校舎を利用した期間限定のデザイン・ミュージアム(写真)。現在、「ジャン・プルーヴェ展 機械仕掛けのモダン・デザイン」と「スモール&ビューティフル:スイス・デザインの現在展」をやっている。
この企画は、「D-秋葉原」構想の中の一つで、来年オープン予定の「デザイン・ミュージアム秋葉原」(仮称)のプレイベント、とのこと。

”秋葉原”っていうから秋葉原から近いのかなと思うけど、旧練成中学校は秋葉原というよりは湯島、もしくは上野広小路だろうと思う。行く人は分かりにくいので気をつけてね。

ジャン・プルーヴェについては正直何も知らなかった。その何も知らない状態の人に対しては、今回の展示の方法、構成はちょっとあまり親切ではないと感じた。最初の展示室からして教科書のようにひたすら文章を読まされる感じで、しかも、その説明文がどこにおいてあるどの作品に対してのものなのかもよく分からない構成で。
私は、ざっくり一通り見て、最後の展示室の手前で流していたジャン・プルーヴェ本人が喋っているビデオを見て、やっといろんなことが分かってきた。更に全部見終わったところで廊下においてあった、ジャン・プルーヴェの特集記事のあった「Pen」(2002年8月1日号)を読破して初めて「そういうことかっ!スゴイ!」と感動して、もう一度展示、作品を初めから見直したのだ。
展示の構成をもう少し分かりやすく親切にしたら(「Pen」の記事はとても分かりやすくて素晴らしかった!)もっとこの企画展は面白いものになるのになぁと少し残念に思った。

今回、ジャン・プルーヴェのものづくりの思想、哲学に触れてとても感動した。
最も感動したのは、”無駄を省くことは機能的である、という逆説”だ。

椅子にしても扉にしてもアルミの必要でないところを円状に切り出して軽くしたりアルミを無駄に使わないようにしたわけだけど、それが椅子なら何かものを引っ掛けるのに使えたり、扉ならガラスをはめて灯り取りに出来たり・・・。そしてそれがプルーヴェの代表的なドットのデザインになっていく。

美しいものは有機的であるということ。
建築も家具も同じ原理で構成できるということ。
量産できる仕組み・デザインを考えていく中でも手作りの良さを追求すること。
ものづくりは構想から形になるまで切り離せるものではないこと(プルーヴェが”建築家”ではなく”建設家”であることにこだわった)。

・・・デザインに限った哲学ではないなぁと、自分の日々の行動を思い起こしたり・・・。

展示でもう一つ残念なのは、機能的であったり手仕事が美しかったりする家具やいろいろなモノに実際に触れて感じることが出来ないことだ。唯一、ビデオを見る部屋におかれている椅子はプルーヴェの「スタンダード・チェア」なので実際に座って触って後ろ足だけに重心をかけてみたり(笑)とやってみるのがいいと思う。

d-akihabara.jpg

それにしても、この展示、場所も中学校校舎だし、一般1000円、学生800円って高くないかなぁ・・・。ねぇ?そう思いませんか?

〜湯島 D-秋葉原テンポラリー(旧練成中学校)〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(2) | TrackBack(1) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

横浜トリエンナーレ2005

開幕初日(28日)に行ってきた!初日はやっぱりイベントがたくさんあるので。

みなとみらい線の元町・中華街駅で降りて会場へ向かう。コンセプトカラー?の青いコーンを目印に歩いていく。山下公園に入ってすぐ目につくのは、ルック・デルー「スパイバンク」。もっと巨大なものかと想像していたので、そんなに驚きはなかったカナ(笑。
入場すると、会場までの長い道のりをダニエル・ビュラン「海辺の16,150の光彩」(写真左)の紅白の三角旗が爽やかに迎えてくれる。結構距離あるけれど、バスには乗らずにここは歩いた方が断然楽しい。青い空に紅白の旗がパタパタと、気分もノッテきます。

ちなみに当日券ではなく先行予約でチケットを取っていた方に朗報〜!会場でささやかなプレゼントがもらえますヨ。

yokotori1.jpgyokotori2.jpgyokotori3.jpg

世界30カ国、86名のアーティスト、ということで全部は書ききれないが、印象に残ったものだけ以下にあげます。見落としているものはないと思うのだけど・・・、心配になるくらい会場のいろんなところに作品があるので・・・。
ネタバレになってしまうかもしれないので、ドッキリを楽しみたい人は読まない方がいいかも。

・アーティスト名 (場所-アーティスト番号)

・高松次郎 (3A-No.58):
はっと目をひく作品。街を歩く人の影。なんかこの場所じゃなくて他のところにおいたら更にステキなんじゃないかと思うのだけど・・・。

・SOI Project (3B-No.56):
多分このプロジェクトとしてだと思うけれど、ウィスト・ポンニミットの「Melo」という作品。”入り口”と書いてある扉があっておもむろに入ってみると中は真っ暗で四方を扉に囲まれて。でも上を見上げるとキレイな星空のようで。扉を次々に開けていって進んでいくという、そう、迷路ですね。私は一人でこのまま出れなかったらどうしようかと不安になるくらい中をずっとさまよってました・・・。でも扉に描かれているウィスト・ポンニミットの画がとてもカワイイので不思議と怖くはない。でも、これイベントの来場者がものすごい数になったら密室で誰かとバッタリ!って絶対なると思う。その方が怖いね。

・さわひらき (3B-No.52):
映像作品。キッチンのシンクや家の窓の縁やいろんなところを小さなラクダが歩いている。とっても不思議なんだけど、見入ってしまう。白黒の映像だし、暑くもないのに妙にジリジリとくるのはなんなんだろう・・・。

・Chen Xiaoyun (3C-No.09):
4つの大きなスクリーンが横に並んで同時に違う映像を流すのだけど、少し視点と時間をずらした4つの画面構成になっていて。電車が駆け抜けるときが、とても面白い。

・奈良美智+graf (3C-No.40):
奈良ファンの方にはたまらない展示だと思われる。他の作品と比べてスペースもとても大きいし。私が感動したのは奥まった部屋にあった大きな画。目をつぶって水の中に立つ女の子。これを見るとやっぱりすごいなぁと思う。

・Maaria Wirkkala (ナカニワ-No.68):
ナカニワで上を見上げて!ゾウやキリンの綱渡り〜(写真中)。青空の中を動物達が歩いているみたいでとってもステキ。

・岩井成昭 (ナカニワ-No.26):
ローリー・アンダーソンの電話や先日行った藝祭にあった電話プロジェクトを思い出す。公衆電話が円状に並んでいて。受話器を取れば・・・・母の声。

・Nari Ward (SENTAN-No.65):
なんと、牛乳パックで作られたくじら!!(写真右) 横浜ならではの空間に白いくじら、楽しいです。

・Pyuupiru (4C-No.47):
金の千羽鶴(千羽かどうか知らないが・・・)!その中に入ると鏡があって。そのきらびやかな空間を抜けるとシンプルな映像と薄暗い空間。とても不思議な感覚だった。ちょっとデ・ジャ・ヴ。私この人の作品前にもどこかで見たような。それとも胎内の記憶・・・?

・Ingrid Mwangi (4C-No.39):
大きな十字架を想像させる映像作品。痛くてあまり見たくない感じなのだけど・・・。

・Robin Rhode (4C-No.49):
細長ーい通路のいちばん奥でシャワーをあびる男性。だから、何っ!って感じなんだけど・・・。いや、印象に残っているのでね・・・(笑。

・Chen Zhen (4C-No.10):
石膏で固められた部屋。中に入りたい感じですが、入れません。

・Wolfgang Winter & Berthold horbelt (4B-No.67)
光のブランコ。思いっきり漕いだら会場が壊れるんじゃないかと思って控えめに乗ってみたが、普通に楽しいです。

・松井智恵 (4B-No.36):
殺風景な工場や港に白いワンピースの少女。これもなんだかよく分からないが惹きつけられる作品。でも15分ものの映像でこういう場所でずっと立って見ているのはきついな、と思うわけで・・・不利ですよね。

・小金沢健人 (4B-No.31):
DNAの螺旋構造を思わせるような映像作品。不思議な空間です。

・Miguel Calderon (4B-No.07):
私の中でいちばんのヒットです。思わず一人で大爆笑しました。「アンタ、最高だよー!」って言いたい感じ。あまりにくだらなくて笑えるので、これは見た人のお楽しみってことで(笑。

・Atelier Van Lieshout (HATOBA-No.03):
疲れたらここで休みましょう(写真左)、カフェになってます。お酒もありましたよ。内臓?みたいな形だけど、なんだったのだろう・・・?

・BOAT PEOPLE Association (入場口すぐ-No.05):
めちゃめちゃ揺れます。夜にここに行くのがオススメかと。ボートの中から見る紅白の旗がとてもキレイ。中は意外と広くてくつろげる感じ・・・いやくつろぐ前に多分吐くね(笑。(写真中)

yokotori4.jpgyokotori5.jpgyokotori6.jpg

全ての作品がインスタレーション。人と物の”間”を感じるアート。横浜美術館の「李禹煥 余白の芸術展」とセットで見て良かったなぁと思った。

・・・なんだかものすごく長い記事になってきた・・・。が、読者のことなんて気にせず書き続けてみる・・・。


オープニング記念シンポジウム「展覧会とはなにか−空間と意志−」を聞いてきた。

司会に横浜トリエンナーレのディレクターの川俣正氏。パネリストに、アラナ・ハイス、ケン・ラム、中原佑介。コメンテーターに、カトリーヌ・グルー、安斎重男を迎えて、”展覧会とは?”ということを議論するシンポジウム。
28,29日の2夜連続のシンポジウムで、1日目しか参加していないので、最終的(2日目)にどんな展開になったのか気になるが、1日目の話の中で感じたことをいくつか。

まず、ニューヨークのMoMAのディレクターでもあるアラナ・ハイス氏の話に感動。アラナ氏はPS1という公立の小学校の跡地をNPOギャラリーにして、若手のアーティストを発掘・紹介してきた。素晴らしい活動。情熱を感じる。

そして、1970年に行われた”東京ビエンナーレ”の記録写真(撮影は安斎重男氏)をディレクターの中原佑介氏の説明で見ていく。・・・1970年、私はまだ生まれていない。当時どれだけの圧力と反対があったのだろう、と思うような奇抜なアートの数々。それにしても素晴らしい記録写真だ。平面や彫刻で収まらない作品が多くなってきて、Site Specificなものがほとんどなわけだけど、それらをきちんとその空間ごとアートとして記録に遺していくことの重要性を強く感じた。こういう記録から、歴史・文化が見えてくる。

議論は、展覧会にメッセージはあるのか、アーティストの選択と予算の関係、ディレクターの意図、等々展覧会におけるモノ・人・場について展開していく。
個人的には展覧会におけるディレクターの”編集”作業に興味がある。世界各国のアーティストを集めて編む、ということ。点であるアーティストを展覧会という一つの線上にまとめるということ。それは一体どういうことなのか、こういう大きい展覧会でそういう作業は実際のところどう考えて行われているのか、興味深い。そしてディレクターはアーティストでもあったりするわけで、参加アーティストはどうやって選んでいるのか、そこにディレクターが意図するメッセージ性はあるのか、またそれをアーティストはどう捉えるのか。そして、横浜、日本という場所の持つ意味、横浜でこその展覧会とはどういうことか。・・・・いろいろ考えさせられたシンポジウムでした。

誰かー、2日目の討議の内容求む!

〜元町・中華街 山下ふ頭3号、4号上屋〜訂正〜!
posted by sayaka at 02:29| Comment(4) | TrackBack(6) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月28日

響きあうこと

複雑な現実に近づきたい人は多くの色の配合を、厳密な観念を表したい人は明確な単色を好む。

・・・

グレーは自己主張が弱く概念的に欠けてはいるが、限りない含みと暗示性に富んで、現実と観念を共に浄化してくれるのである。

・・・

身体はこの私に属していると同時に外界にも連なっている両義的な媒介項である。それゆえ制作において馴らされた行為の繰り返しは、アイディアの変容を来たし、作品の深さや広がりを増す。

・・・

距離の力学が開かれた個の私を作った。生きる上で疎外感は痛みではあるが、かつ自覚であり力である。

・・・

時として作品をつくるということは、一つの命運に立ち会うことであり、そこから新たな生命が生まれることのようだ。

・・・

人間は必死に世界を作って立てようとし、自然はどこまでもそれをばらして大地に引き戻そうとする。在らしめようとする力と無に帰そうとする力の激しい張り合いは美しい。

・・・

世界は私を越えてあり、不透明なものである。私は未知な外部との混じり合いの中で濁ったり漉かされたりしながら絶えず生まれ変わる。この浄化作用と再生の自覚にアートの成立がある。

・・・

余白とは空白のことではなく、行為と無と空間が鮮やかに響き渡る開かれた力の場だ。それは作ることと作らざるものがせめぎ合い、変化と暗示に富む一種の矛盾の世界といえる。だから余白は対象物や言葉を越えて人を沈黙に導き無限を呼吸させる。


〜李禹煥 「李禹煥 余白の芸術展」パネルより〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

李禹煥 余白の芸術展

行ってきた!素晴らしいですっ!とっても!

平日だからなのかとても人が少なかったけど、李禹煥氏の作品は静かにじっくり対峙したいなぁと思っていたので、とっても幸せな時間でしたー。

今回の展示にかける横浜美術館の心意気というか気合というか、そんなものを感じた。展示スペースに入ってまず驚くのが、”床”。今回のために従来の床(多分絨毯っぽいもの)を全て剥がしたらしい。「関係項」を設置するためには、そうするしかなかったのだとは思うけれど、それでも美術館全体が李禹煥のインスタレーションになっている、というのはスゴイことだと。

「照応」シリーズが壁に並ぶ。グレーの”点”が左から右に微妙に変化している。繰り返し塗られて厚みのある”点”。この反復と余白の空間により作品に立体的な、時間的な広がりを感じる。”グレー”はグレーでも私は黄色の混じった濃いグレーではなくて、少し水色の薄いグレーの方の照応シリーズが好きだなぁ・・・。なんかフワーッって広がっていくんだよ。

そして、「関係項」のある展示室へ。この日いちばん感動した作品は「関係項−彼と彼女」。石と鉄板の微妙な距離。鉄板は他の関係項の鉄板よりも明るい色。石と面している側だけ鉄板が波のようにもり上がっている。なんだか”フフッ”って笑ってしまう感じ。この微妙な空気、微妙な関係、微妙な響きあいが、気持ちよく伝わってくるから面白い。その他にも「ヴァイブレーション」、「サイレンス」と、石と鉄の間の響きあいを感じ、さらにその空間に自分を置いての響きあいを感じ・・・。サブタイトルを見ないで、その自分の感じた響きあいを考えるのも面白い。

最後の展示室では美術館の壁に直接「照応」の作品。・・・あぁ、ここで実際に繰り返し筆を重ねて制作していたんだなぁと思うと、その静かな時間と空気がとても重いものに感じられた。

廊下にあるスケッチが印象的だ。決して適当に石と鉄を置いているのではないことがよく分かる。鉄板の大きさ、石の配置等細かく数値まで描かれている。

河原にあった石と工場にある鉄板、決して出会うことのない二つの”もの”が李禹煥氏を通して出会い、響きあう。産業社会(=鉄)と自然(=石)のドッキング、そしてその間に立つ自分。
自分と”もの”との対話・関係、自分を含めた空間の響きあいを感じてほしい、という李禹煥氏の言葉が心に残る。

lee1.jpglee2.jpglee3.jpglee4.jpg

美術館の外にも「関係項」。写真右は「見えるもの見えないもの」。実際には鉄板で見えないけれど、石が地中に埋められているっ(メイキングのビデオで穴掘っていた)!!この作品は会期終わった後も所蔵品として残らないのかなぁ・・・?

〜桜木町 横浜美術館〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(8) | TrackBack(2) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月27日

京の雅び・都のひとびと−琳派と京焼−

24日に行ってきた。琳派、好き。

いいなと思った作品。
・「祇園祭礼図屏風」:この時代のお神輿が描かれている。ま、今とそんなには変わっていないかも。むしろ今より質素な感じかもしれない。お神輿よりも”だし”のような人が乗っているヤグラのようなものが描かれていて興味深い。お祭の様子はかなり楽しそう。
・「柳橋水車図屏風」:金、金、金!ステキー。そして、金に柳の緑が映えること!
・引入「赤楽茶碗 銘:苔衣」:”楽焼”は轆轤(ろくろ)を使わない。非対称、非均衡だ。その手作りな感じがあたたかい。
・「龍虎図」:虎が猫のようにかわいいです。
・伝俵屋宗達「月に萩・蔦下絵古今集和歌巻」:萩が大分消えかかってしまっているけれど・・・美しい。
・尾形乾山「梅・撫子・萩・図」:画よりも掛け軸!と言ってしまったらなんですが、ほんとに掛け軸がステキで・・・。
・尾形乾山「色絵紅葉文壺」:色鮮やかな星型がとってもポップな感覚!

・・・リンパな感じで展示室を出ると、そこには、ムンクとルオーがっ!大分ギャップがありますが、ルオーの「東方の女」がいいなぁ、と。・・・切り替えの早い私。

台風直前のどんよりした丸の内を眺めて一休み。優雅な展示&ロケーションです。

〜有楽町 出光美術館〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

佐伯祐三展 芸術家への道

23日に行ってきた。練馬区立美術館の開館20周年記念の展示。練馬区立美術館は今回が初めてだったが、駅(西武池袋線、中村橋駅)から近いし、立派な美術館でいい感じ。

佐伯祐三氏、若くして亡くなったとは思っていたけれど、30歳の生涯であったことを知り、とても驚いた。そしてその短い人生の中で精力的に描かれた画の多さ、凄さに感動する。私は今29歳だ。・・・来年死んでしまうとしたら、私という人間が生み出した作品、今残せるものってなんだろう、と思わず考えてしまう・・・。生きること、描くことへの思い、強さを感じる140点だった。

パリのお店を描いた画がどれもステキで。なんか町並みを描いたものはちょっと寂しい感じがしたりもするのだけど、お店の画はとても温かい感じがするのだ。
「酒場(オ・カーヴ・ブルー)」、「レジュ・ド・ノエル」、「靴屋」、「新聞屋」、「カフェ・レストラン」。特に「酒場」の深い紺青の色がとてもイイ!

佐伯氏は下落合に住んでいた時期もあって。アトリエは今も現存しているらしい。私も一時期下落合に住んでいたのだが、アトリエの写真を見て、なんか見たことあるような・・・。今度下落合に行ったら寄ってみようと思う。下落合や板橋の風景画はパリのときとは全然違う雰囲気で。東京の空ってこんなに広くて青かったんだ・・・って思う。パリの風景画はどちらかと言えばどんよりした空。パリでは決して出てこなかった澄んだような青い空が東京にはあったんだ、と。「白い壁の家(下落合風景)」、「上板橋の橋の付近」がステキ。

今回、最も感動した画は「扉」。1928年、最期の年に描かれた作品。”27”番地の家の扉をただ描いているだけなんだけど、その”ただ描いている”がスゴイ。どうしようもなく、惹きつけられる。何か迫ってくるような重みがこの画にはある。どっしりとした力強い縦のラインと、重厚な青い扉。ものすごい存在感だ。・・・重い。・・・思い。

佐伯氏の画はとても好き、というわけではなかった。少し汚れたパリの町並みの画のイメージが強かったからだ。でも、帰るときにはすっかり大好きになっていた。パリも下落合も、画に描かれているのは強くてあたたかい佐伯氏の視点だった。

〜中村橋 練馬区立美術館〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

加守田章二展

22日に見てきました。感動です。陶芸品を見てこんなにも感動したのは初めてかもしれない。東京ステーションギャラリーの展示はやはりスゴイ。

加守田氏自身が、”自分の作っているものは陶器ではない。陶器を使って表現している。”と言っているが、ほんとに器の域を超えていると思う。独創的で斬新なデザインの壺や皿。そこに何をおいても、花を活けても、壺や皿が勝ってしまう、と思う。・・・確実に。壺や皿そのものが立体作品他ならない、と。

第一展示室から時代を追って作品を観ていく。初期は非常にシンプルな作品だ。しかしシンプルであるが故にその形や塗りの美しさが際立って見える。中でも”灰釉”の大皿が美しい。薄い緑の中に空のような水色が浮かんでいる。無限の拡がりを感じる作品。
第二展示室では、”曲線文扁”というヒダがついたものがスゴイ。ヒダもすごいが、その壺の形がすごい。壺のデコボコとヒダの波が重なってより複雑な立体になっている。この辺から加守田氏のデザインへのこだわりが見えてくる。いちばん感動したのは、写真左のデザインのもの(企画展のポスターになっているもの)。スエードのような質感。点々の部分は塗られている。器の形もかっこいいが、模様、色、全てがかっこいい!
第三展示室以降もどんどんとデザインが進化していき、より複雑に、より繊細な模様になっていく。最後の展示室にある、細かい線のデザインで彩色が変化していくものとかは、思わず口が開いて見入ってしまう・・・。一つの作品を作るのにどれだけの時間がかかっているのだろう・・・と考えてしまうが、同年に作られた作品が結構たくさんあって。かなりのスピードで作品をいくつもいくつも作っていたのではないかと思われる。なんて精力的・・・。

kamoda2.jpg kamoda1.jpg

全部を観終わって、思わず拍手したくなる、そんな感動の展示でした。

一人の作家を、時代を追って作品をずらっと観ていける展示がやっぱりいちばん面白い。そこには物語り(ストーリー)がある。一人の人間のドラマがあるのだ。

〜東京 東京ステーションギャラリー〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(3) | TrackBack(2) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無限の宇宙

自分の外に無限の宇宙を見る様に自分の中にも無限の宇宙がある
この両宇宙への調和のとれた集住が行動力の本質である

・・・

自分は進歩等はないと思う。
ただ常に新鮮さを持続させたいがためにもがきながらも努力する。
強い生活をするためには、自分を物の中心に。
廻転する中心に置かなくてならないと思う。

・・・

古いもの、退屈なものは、亡びるか、生まれ変わるのが当然だ。
退屈な仕事はない。

・・・

飛翔の色−私は矛盾を感じ 抵抗を感じ 内に暗さや重さを秘めながら、
軽く明るく飛翔したい欲望がある そんな気持ちが 私に色を使わせた

・・・

自己を見つめる時はやはり日本人としての自分を見つめそれが世界の中の自己を見つめることになる


〜加守田章二 加守田章二展(東京ステーションギャラリー)パネルより〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月24日

POLA 新鋭展 花のメタファー

平面の新恵美佐子氏と立体の津田亜紀子氏の作品の展示。
新恵氏の布に描かれた2,3メートルはある大きな画がギャラリーの壁3面を埋めていて目を奪われる。”花”というテーマの展示だが、そこに描かれているのは花ではない。深い青緑の空間。嵐か雨か激しい流れの中、もしくは水の中から仰ぐ光、そこにある蕗の葉のような植物。
そして、その激しく動く青緑の空間に置かれているのは津田氏の樹脂でできた女性像。花柄レースでできた像。両者の作品とも”美しい”とは言えない。花は美しいだけではない。メタファーとしての花であり、そこから生まれる表現はほんとに多種多様だ。

〜銀座一丁目 ポーラミュージアムアネックス〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

中岡奈津美 個展〜うつくしきはなのかずかず〜

美しい花と女性を描く作家は多いけれど、中岡氏の画が見るものの心をとらえるのは、そこに更に”文字”が加わるからではないだろうか。膠を使わない絵の具で、アクリルのような伸びのある質感のある日本画。散りばめられた花の色彩の中に浮かぶ透明感のある女性。そしてそこに仮名文字が加わる。文字は画面に入りきらず、意味を求めているわけではない。どこからか来てどこかへ流れていく、唄のようだ。移り行く季節、流れていく時間の中での刹那的で美しい一瞬。
中岡氏は”文字”に思い入れが強く、今回は仮名文字だけれど、以前は漢字、ハングル、象形文字を使った作品もある。文字に添えられた画であったり、コラージュ的に文字が画に埋められていたり、という作品はあるけれど、ここまで画と字が共生してマッチしている作品は初めてでとても新鮮だった。

〜銀座一丁目 ぎゃらりぃ朋〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山城えりか個展

橋爪彩展を見たギャラリー本城に置いてあったDMの画を見て、”これは行かねば!”とダッシュした個展。

かなりお洒落な油画。柔らかく濁って落ち着いたトーンの色合いの中で、描かれた女性の頬や唇が明るく色艶があって、ドキッとする。動物や蝶の舞う幻想的な世界だけど、洗練されたお洒落な空間世界でもあり、その微妙なバランスがステキだ。
GEISAIに初回から皆勤しているということで、先日のGEISAI#8にも出展していたとのことだけど、私、見過ごしていたみたいで・・・。こんなステキな作品、見てたら絶対覚えてるんだけどなぁ。でも、こうして出会えてほんとに良かった!と。好きな作品は「spring」、「fish」、「flower」。山城氏のページで今までの作品もたくさん見れるのが嬉しい!

〜銀座 store&gallery S.c.o.t.t〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

橋爪彩 展 "behind the skirt"

WEBで案内を見たときはてっきり写真だと思った。それが、油画だと知ってびっくり。
作品だけ見ていて作家さんは男性だろうと思っていた。それが、女性だと知ってびっくり。

と、びっくりしてばかりだったのだけど、画を目の前にしたら、更にびっくりした。写真ではない圧倒的な重みがあるのだ。瞬間的な写真では決して表現できない、画の持つ強烈でリアルな空気感。”写真のようにリアルに描く”のではない、”画にすることでリアルになる”という感じ。描かれている脚、靴はフェミニンなものばかり。でもそれが更にリアル感を増幅させる。脚のモデルは作家さんご自身、ということでそれも大変興味深いなぁ、と(参考:ART ACCESS)。ドイツに留学されるということで、これからの展開が楽しみですね。

〜銀座 ギャラリー本城〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月23日

琳 vol.3

最近、C-DEPOTの作家さんばかり追っかけている私。
名古屋剛志氏の作品が見られるということで、行ってきました。この展示に行くのは実は今日で2回目。名古屋氏に会えるかなぁと期待して行ったのですが、今日も残念ながら会えず・・・。

今回の展示「琳」は、名古屋剛志、ウエバヒロコ、須見祥子の3人展。”音楽”を感じる3人の作品。

名古屋氏の作品はWEBで見ていた作品の雰囲気と大分違ったのでびっくりした。古い岩壁のような風合いの黄土色にデリケートなペン画。少し儚げだけど優しい爽やかな風を感じる。描かれている女性はみな同一人物かなぁと思う。女性の表情は穏やかだけど強い意志を持っているように見える。いちばん素敵だなぁと思ったのは、「黄色の風が吹く日」。百合の花を持ってうつむく女性。髪と服が風になびいている。風の中で凛と花を持ってまっすぐに立つ女性がとっても美しい!
今回の作風になる前の、色のある作品もぜひ見てみたいなぁと思った。

ウエバヒロコ氏とお会いできたのでお話を聞く。やはり作家さんとお話しして作品について聞くと画が全然違って見えてくる。以前は楽器装飾をされていたということで、チェンバロに描いたバラの画を見せてもらう。すごいステキ!弾いてなくても音が聴こえてきそう。音楽と一緒に何かしたい、という思いで最近は音楽を聴きながらスケッチをしてそれを基に抽象画を描いている、ということで改めて並んでいる作品を見ていくと、確かに!と思う。作品の一つ一つに聴いた曲が書いてある説明書(?)を今改めて読んで、ぜひ、作品を観ながら一緒に曲を聴きたいなぁという感じで。そしたら、もっと、ウエバ氏の世界に入っていけるんじゃないかなぁ、と。

〜飯田橋 ギャラリー52〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月22日

脇田和 常設展

詩的なあたたかい油画。ぼんやりした色彩の中に描かれているものへの作家の愛情が感じられる。「燭光の蝶」の緑の色、「カナリヤの鳴く街」の赤の色が素敵だ。

〜有楽町 第一生命ギャラリー(北ギャラリー)〜
posted by sayaka at 23:00| Comment(5) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

津上みゆき展

「View」というシリーズの「Way」、「Ground」、「Water」、「Places」の4点の作品。200号の大きな画が壁にズラリと並んで、その色彩の鮮やかさに圧倒される。移りゆく季節のようでもあり、しっとりとした質感の色の動きが素敵。4点の中でも「Places」がいい。使われている色は黄色とピンクで他の3点に比べて控えめな感じだが、その平和的で穏やかな光の色がとても印象的だった。

〜有楽町 第一生命ギャラリー(南ギャラリー)〜
posted by sayaka at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

越境するダンス

平成17年度文化庁舞台芸術国際フェスティバルの特別企画シンポジウム「越境するダンス」を聞いてきた。

松岡正剛氏がコーディネーターとなって、様々なジャンルで活躍する芸術家6名(天児牛大、梅若六郎、木佐貫邦子、高田みどり、勅使川原三郎、毛利臣男)を集めて展開するトークイベント。本を読んでからすっかりはまっている松岡正剛氏を一目見てみたい!というかなりミーハーな動機で参加したイベントであったが、予想をはるかに超えて刺激的なトークとパフォーマンスでとても勉強になった。junko、ありがとう。

印象に残った各芸術家の言葉やお話。

・天児牛大:足の動きを見れば全てが分かる。個々人のImpressionを超えていくということ。
・梅若六郎:意味を求めない。理解して観るのではなく感性で観るということ。
・木佐貫邦子:”自分の記憶”というダンス。境目を意識して、日々越境するということ。
・高田みどり:素材が発している波長を感じる。人は「歌」を詩→旋律→リズムの順で忘れていくということ(つまりリズムがいちばん最後に残るものだということ)。種を信じて守るということ。
・勅使川原三郎:制限からの解放がリズム。重力を起点にしないで浮力を使う(人間には浮力の力が備わっている)ということ。見えるもの、見えないもの、その形を超えるということ。
・毛利臣男:日本人的とは、Internationalであるということ。自由に超えていくこと。

最終的なトークは、”伝統とは”、”コンテンポラリーとは”、”日本人的なものとは”という問いへ発展していく。これは私自身が日々感じていた、考えていた問いでもあった。

−新しいものは決して突発的に生まれるのではなく、大きな歴史の中の点であるということ。そして大事なことは、その点の位置を自分自身が知る(物語=ストーリーを知る)こと。
−歴史の上に、伝統の上に、今があるのだということ。
−常に、traditional(伝統)⇔modern(近代) の構図であってそれが繰り返されていくのだということ。
−伝統があって、それを超える、つまり”型”をやぶる、という行為があるのだということ。
−日本人としての土壌は、無意識化の中で生まれる言語であり、それを知るということ。
−日々何かを越えていく、コンテンポラリー(=同時代)であるということ。そして、そこから次世代へ何を伝えるのか、どう伝えるべきなのかを考えていくということ。

松岡正剛氏が言う”物語(ストーリー)性”という考え方に改めて感銘を受けた。そして、6名の芸術家を繋いでいく(リンクしていく)その編集力にほんとに拍手。

感動したのは、この日、昼間松涛美術館で和田義彦氏と話をし、夜このイベントを聞いて、どちらも共通して同じことを言っている、ということだった。これから活動していく上で基礎となる大事な考え方。
・・・それにしても、点だったものが線に変わるとき、これが”学び”だなぁとつくづく思ったのでした。

〜初台 新国立劇場中劇場〜
posted by sayaka at 12:24| Comment(2) | TrackBack(2) | Live/Performance | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ドラマとポエジーの画家 和田義彦

最終日(19日)に見に行って来た。

衝撃的だった。久しぶりに感じる油彩の迫力。普段は眠っている奥の方にある感覚を呼び覚まされるような、そんな迫力のある画。ぼーっとは見ていられないというか、見ているうちに自分がどんどん興奮してくるのが分かって、アドレナリンが出てきたなー!という感じ。

2階から見ていく。部屋に入った瞬間に”おおおっ。”と思わず言ってしまうくらい、力強い油画が並ぶ。グロテスクな人物像とシュールな画面設定のちょっとホラー的な画に目が釘付けになる。小さな画だけれど、ギョッと鳥肌が立ったのは、「運ぶ」。広い階段で二人の男が裸の女性を運んでいる。運んでいるのは、おそらく死体。静かなトーンの画の中にある衝撃的な場面に突然出くわしてしまったようで、見てる私がなぜかアタフタしてしまう。その他、「花飾り」の女性の力強い目、「或る室内情景」の緑の色、「白い静物」の赤い額縁が印象に残る。

こんな油画を描く日本人がいたなんて・・・とかなり驚きながら地下一階へ行く。

・・・そしたら更なる衝撃が目の前に広がっていた!
2階で感じていた印象とはガラッと雰囲気が変わって、大きな作品が並ぶ。アドレナリンが更にどんどん出てくる!なかでもいちばん感動した作品は、「想」。カフェの風景だが、そこにいる人の様々な”想い”が画の中に錯綜していて。自分の中の想いを掻き立てられるというか、揺さぶられるというか。物憂げで切ないんだけど、ドーンと迫ってくるような存在感があって訴えかけてくる。「何処へ」、「赤い部屋」も感動。2階の作品では少し日本人離れしたような印象を受けたのだが、地下の作品を見て、その印象は全く違っていたということに気付いた。この切ないけど迫ってくるような心象風景は、むしろ、日本的なものなのだ、と。

圧倒されっぱなしで画を見ていると、そこにふとただならぬオーラを感じ・・・。和田義彦氏だ!65歳とはとてもじゃないけど思えない。和田氏の颯爽とした後姿を見て、今まで作品を見てきて感じていた全てのことがすんなり受け入れられた気がした。

そしてこの日いちばん嬉しかったのは、和田氏とお話が出来たことだ。和田氏がムサビの油画の講師をされていることも初めて知った。いろいろとお話するうちに、私が考えていることとかにも興味を持って下さって。本当に嬉しかった。そして、美術の歴史を学ぶことの大切さ、大きな流れの中で今がある、というお話を聞き、自分がまだまだ勉強不足であることを痛感した。コンピュータの世界からアートの世界に飛び込んで勉強し始めた私にとって、和田氏の言葉はとても重く、でも、その分頑張らなければいけないと勇気付けられた。

この日のこの出会いに本当に感謝したい。

新しい世界に飛び込んでから、毎日何か新しいものに出会う。それは今まで自分が気付かなかっただけかもしれないし、見ようとしていなかったことなのかもしれない。自分の意識が変われば見えてくる世界が変わる。一歩踏み出せばそこに新しい世界が広がる。

毎日の新しい出会いに、心を込めて、ありがとう。

〜渋谷 松濤美術館〜
posted by sayaka at 03:05| Comment(15) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月21日

愛とアートと進歩

自分自身の歴史を振り返るとき、私は愛とアートと進歩についてまだいかにたくさんのことを学ばなければいけないかを考えます。

彼女は言った:歴史とはなに?
そして彼は言った:歴史とは未来に向かって吹き飛ばされている天使だ。
彼は言った:歴史とはがらくたの寄せ集めだ。
天使は戻って、直したがっている。
壊れていたものを修理するために。
しかし、そこへ天国から嵐がやってきた。
嵐は天使を未来の方へ吹き飛ばし続けている。
この嵐は・・・この嵐は・・・進歩と呼ばれている。

〜ローリー・アンダーソン 「ローリー・アンダーソン『時間の記録』」展示パネルより〜
posted by sayaka at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Words | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

ローリー・アンダーソン「時間の記録」

いろんな人の本展のレビューを読んで、どれも「面白い!」という感想だったので、楽しみにしていた展示。16日に行ってきました。月並みですが、面白かったですっ!

チケットを買ってまず目に入るのが、天井からぶらさがる電話。「あぁ。NTTだけにこんな常設の作品があるのかぁ。」って思った・・・。実はもうここからローリー・アンダーソンの作品だった。・・・ということに気付いたのは、帰りのことで。行きは思いっきりスルーしてしまいました(笑。

順路もないので、それはそれでちょっと戸惑いもあるが、目に入ったものというか興味のあるところから順に見ていく。どこから見ていこうかなと考えているところに、黒いカーテンで仕切られた部屋があって、まずはそこから見ることにした。「つむじ風」。真っ暗な部屋にペンライトで照らした明かりが一つ。そこに立つと自分の真上から竜巻のように音が降ってくる。ステレオの音に限界を感じていたローリーが垂直方向からの音の可能性を試みた作品。この垂直方向の音にはかなり衝撃を受けた。暗闇の中、ということもありちょっとトリップするような感じを味わえる。いちばん初めに入った部屋でかなりの衝撃を受けた私は「こりゃ面白いぞ!」ってなって、見る気満々スイッチが入った。

こりゃ面白い!と思った作品の数々。

・「制度の中の夢」:眠る”場所”が夢にどんな影響を与えるかということを試した実験的記録。これ、とても興味深い。眠るのがこの上なく好きな私は同時に夢にも大変興味ありで。ローリーがいろんな場所で寝てどんな夢を見たのかを書いているのだけど、それ自体は「よくこんなところで寝れたなぁ」って感心するくらいで、夢の内容は何でもいいのだけど、眠る環境っていうのはやはり夢に影響するだろうな、とは思う。今度機会があったら試してみようかな。

・「トーキング・ピロー」:タイトルのままだけど、枕の中にスピーカーが内蔵されていて、物語を話してくれる。これ使って、試験勉強とか寝ながら出来たらいいな、なんて思った。無理かな・・・?

・「ドラム・ダンス」:ローリーが発案したドラム・スーツを着てパフォーマンスしている映像。面白すぎる。全身にドラムが装備されていて、それを叩きながらのライブ映像なんだけど、ダンスになっているところが、カッコいいな、と。結構面白くて笑えるパフォーマンスなのに、ものすごい真面目に力を込めてドラムをたたくローリーがとにかくカッコいいです。

・「言葉の滝」:こういうちょっと哲学チックな作品がとても好き。デジタルの文字盤に言葉が出てきて上から下へ落ちていく。下へいくとそこで水面に落ちたように言葉が円状に広がっていくという作品。出てくる言葉が素敵だなぁと思って一巡するまでずっと見ていようかと思ったのだが、結構長い間見ていたのだが、なかなか一巡しないし、椅子もなく疲れたので、途中で諦めた。言葉は日本語で出てきて、英語で広がるのだけど、日本語の時の落ち方がちょっと気になった。上から出てくるときに文章のお尻から出てくるのだ。やっぱり横になってもいいから頭から出てきたほうがいいかなと思った。これって英語だとちゃんと頭から出てくるんじゃないか?と思うわけで。

・「ハンドフォン・テーブル」:欲しい!と思った作品。大きなダイニングテーブル。少し窪んだポッチのあるところに両肘をついて、両手を耳にあてると、重低音が聴こえる。テーブルの下にある音響装置が自分の腕を伝って、手がスピーカーになって聴こえてくるという仕組み。頭をかかえて一人悩むときの格好なわけだけど、この音がなんとも落ち着く音で。たまに”ウツ”になったりする私は、よく両耳を押さえて外の音を遮断して一人の世界に入ったりすることがあるけど(・・・そうなんですよ。実は暗い性格で・・・。)、このテーブルあったらいいな、と単純に思った。引きこもりグッズとして、欲しいです、はい(笑。

アートというより発明王的な感じで、コミュニケーションメディアとしての新しい発明・アイディアが満載で、かなり楽しめた。これだったらもっとこういうものがあったらいいのに、とかいろいろアイディアも浮かんできたり。新しい感覚を呼び起こしてくれる展示でした。

〜初台 NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]〜
posted by sayaka at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Exhibition | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。